2017年9月に、10年ぶりの会見を行った曽我ひとみさん。

日本では未だに
未解決とされている
「北朝鮮」による拉致問題ですが、

拉致被害者として帰国してから
15年ほどが経った、

現在の「曽我ひとみ」さんは、
どのような活動をされているのでしょうか?

気になっている方も多いようです。

そこで今回は、
「曽我ひとみ」さんの
現在までの活動をまとめてみました!

曽我ひとみの現在までの活動をまとめてみた!

1978年(当時19歳)、

純看護婦として
働いていた時代に、
「北朝鮮」に拉致された「曽我ひとみ」さん。

母親のミヨシさん(当時46)との外出時に
北朝鮮の元工作員(­キム・ミョンスク氏ら)によって

二人同時に拉致されました。

当時の「曽我ひとみ」さんは、
特定失踪者に
認定されており、

政府は、2002年の日朝首脳会談まで
拉致被害者として
把握していなかったそう。

拉致被害者には、共通点があったようです。↓

拉致問題だと、横田めぐみさん、曽我ひとみさん、
蓮池薫さんがそれぞれ新潟県内の新潟市、
佐渡市、柏崎市で拉致されていたワケだから、

少なくとも新潟って
拉致を可能にするだけの
コミュニティがある事を示している。

北の工作員は、現在も日本に
潜伏している
と言われています。

本当に恐ろしいですね。

そんな「曽我ひとみ」さんですが、

1980年に
アメリカからの脱走兵であった
「チャールズ・ジェンキンス」さんとご結婚。

曽我ひとみ 若い頃

1983年に長女を出産、
1985年には次女が生まれていました。

2002年、小泉元首相が
訪朝(北朝鮮への訪問)したことで

日本に帰国できた「曽我ひとみ」さん。

2004年には、ジェンキンスさんと
ジャカルタで再開し、

家族4人そろって
日本に戻られていたようです。

2018年現在の「ひとみ」さんは、

新潟県・佐渡市(さどし)に在住し

市内の介護施設で
准看護師として働きながら

拉致されたままの被害者を
救済するための
講演活動を行っているとのこと。

拉致被害者や「北朝鮮」の国民に向けた
短波ラジオ放送「しおかぜ」の
収録などにも参加されています。

夫の「ジェンキンス」さんは、
2008年に、日本への永住許可を受け

佐渡で歴史観の職員として
勤務されていました。

「日本で孫と余生を過ごしたい」と

帰化も検討していたそうですが、

2017年に、77歳で亡くなられています。

曽我ひとみの母や娘は?

「曽我ひとみ」さんの
長女である
「美花」さんは現在、

保育士をされているようです。

写真右が長女の「美花」さん、左が次女の「ブリンダ」さん。

次女の「ブリンダ」さんは、
すでに結婚されており、
2017年に長男が誕生していました。

2019年で60歳になる
曽我ひとみさんが
拉致されてから40年。

2002年に北朝鮮が拉致を認めてから、
15年ほどが経ちましたが、

これまでに政府が認定した
拉致被害者17名のうち、

現在までに日本に
帰ってきたのは5名。

残りの12名は、未だに
行方不明のままだそう。

曽我ひとみ 2018

883名の行方不明者についても、
北によって拉致された
可能性があると言われています。

追記)1992年に失踪していた
50代の男性が、
2019年4月に国内で発見されたため、「北による拉致の可能性が排除できない行方不明者」は882名に。

「ひとみ」さんの母「ミヨシ」さんも、
行方不明のままだそう。

「ミヨシ」さんに対しては

国家の重要な事柄に
関わったため、

「北朝鮮としても
存在を隠したかったのでは?」
との声も。

ご健在であれば、
今も北にとどまっていそうですね。

まとめ

最近は、世間の関心が薄れてきたどころか、

拉致問題を知らない世代まで
出てきているようです。

日本が平和になったとも言えますが。

完全に忘れ去られてしまう前に
拉致問題の早期解決を
期待したいですね。

というわけで今回は、
「曽我ひとみ」さんの
現在までの活動をまとめてみました!

また追加の情報があれば
アップしていきたいと思います。

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