ついに、2019年のワールドカップバレー(女子)がスタートしましたね!

日本代表のキャプテンをつとめるのは、「岩坂名奈」選手です。

今回のワールドカップでメダルを獲得し

2020年の東京五輪につなげたい女子バレー日本代表。

そんな日本代表を率いる中田監督とは、どのような人物なのでしょうか?

今回は、女子バレーの日本代表の「中田久美」監督について
現役時代から現在までの活躍ぶりをまとめてみました!

中田久美は若い頃(現役時代)天才選手だった?

かつては女子バレーの天才セッター※と呼ばれた「中田久美」監督。

セッター※・・・トスをあげる役割の選手。

バレーボール漬けの環境で育ったという中田監督は、

史上最年少となる15歳で全日本代表(女子ナショナルチーム)に選ばれており

当時は「天才少女現る」などと話題になったそう。

中田監督の若い頃(現役時代)の写真です↓

18歳のときに出場した1984年のロサンゼルスオリンピックでは

日本代表の中心選手として活躍し3位(銅メダル)に大きく貢献。

帰国時は、アイドル並の人気だったみたいですね。

1989の年ワールドカップでは、ベストセッター賞を受賞していたようです。

そんな監督の名言です↓

天才って何よ。そんなものない現役時代コートで瞬時に判断して動く力は、
与えられたものではなく
あれこれ考えながら、必死に積み重ねて身につけた!

天才的だと言われた中田監督のプレーは努力によって
生み出されたものだったのですね!

中田監督の引退後の活動は?

1992年のバルセロナ五輪を最後に、現役選手を引退していた中田監督。

1995年には現役復帰し、その後はバレーボール教室などでの次世代の指導や全国各地での講演を行うほか

バレーボール解説者やタレントとしても活動されていたようです。

1996年には「日立ベルフィーユ」(日立製作所の女子バレーボールチーム)アシスタントコーチに就任。

2008年には、イタリアの女子バレーチームであるヴィチェンツァ(女子セリエA)のアシスタントコーチとなり、

2009年には、ノヴァーラ(セリエA)のアシスタントコーチに就任。

2011年からは久光製薬スプリングスのコーチに、

翌年からは、監督に就任されていました。

2017年からは、全日本女子バレーボールの監督を任されていたようです。

しゃべらない代表監督の指導法

試合中に指示を出さない(喋らない)ことで有名な中田監督。

中田監督はタイムアウトの時
コーチに任せて
自分は何もしゃべってないよな??

データにもとづく科学的な指導を行い選手への伝達はすべてメールだそうで、

岩坂選手のキャプテン起用もLINEで本人に知らせたのだそう。

これだけ聞くと冷たくも思える中田監督ですが、

代表チームの試合後には、涙を見せたことも。

解説者だった時代、生放送中にテレビではしゃぐ代表選手達にキレたことが印象的であり、

試合中にもブチ切れていそうなイメージを持たれている中田監督ですが、

選手たちからは、「言われているほどには怖くない」といった声も。

試合中と普段のギャップが大きいとも言われている中田監督。

コート上では、厳しく怖い反面、ひとたびバレーから離れれば、

気さくに選手を気遣う一面も。

「彼氏いないの?」
「誰か紹介しようか?」(中田監督)

同じ女性なので、入り込みすぎないよう

選手とは一定の距離を保つことを意識してはいるものの

選手の恋愛ネタはすべて把握しているそうです。

まとめ

スケバンの異名を持ち、男勝りな性格で「ママさんバレーボーラーの憧れ」
などとも言われている中田監督。

「名選手が名監督になるとは限らない」との声もありますが

これまでに3度、五輪を経験していた中田監督は

2020年の東京五輪でのメダル獲得に向けて
チームを牽引できるのでしょうか?

今後の「中田」監督から目が離せなくなりそうです!

というわけで今回は、女子バレー日本代表の「中田久美」監督についてまとめてみました!

また追加情報があれば
アップしていきたいと思います!

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