ラグビー日本代表の「堀江翔太」選手をご存知ですか?

前回のワールドカップ・イングランド大会では、日本代表の副キャプテンをつとめ歴史的な3勝に貢献。

今回(2019年)のワールドカップでも代表に選ばれていました。

前回大会と同様、活躍が期待されている堀江選手ですが、

プレーだけでなくその人柄やプライベートにも注目が集まっています。

そこで今回は、ラグビー日本代表「堀江翔太」選手について気になる学生時代や
奥さんなどをまとめてみました!

堀江翔太のプロフィールや経歴まとめ

名前:堀江 翔太(ほりえしょうた)
身長:180cm(104kg)
生年月日:1986年1月21日
出身:大阪府・吹田市(すいたし)
ポジション:HO(フッカー)
2019年9月までの日本代表キャップ:61(得点50・トライ数10)
ニックネーム:しょうた ホリエ
血液型:A型

小学校5年生のときにラグビーを始めた堀江選手。

当時、身長175cmで体重は77kgと、小学生とは思えない体格だったそうで

ボールをもらう度にトライを決めていたようです。

進学した南千里中学はバスケの名門であり堀江選手もバスケ部を選択、

1年からセンターのレギュラーを任され得点力がずば抜けていたそう。

堀江翔太の嫁がかわいい!幼馴染との結婚

そんな堀江選手の奥さん(堀江友加里さん)は、小中学校の同級生

小学2、3年生の時にロンドンから転校してきた友加里さんですが、

当時、色々と話しかけてくれた堀江選手が初恋の相手だったのだそう。

↓こちらが、友加里さんの写真です↓
堀江翔太 嫁 画像

女子アナにいそうですよね。

小中では、スポーツができる男子がモテるので、

堀江選手も女子にモテモテだったのかもしれません。

トレードマークのドレッドヘアーは、友加里さんがセットしていたそうです。

もともと、友加里さんが堀江選手の髪の毛でドレッドヘアに挑戦したのが始まりで、

以降、堀江選手の髪型として定着していったのだそう。

気心の知れた相手というのは、結婚相手としては理想的ですね!

お子さん(娘)も二人いらっしゃるみたいです。

堀江翔太は高校や大学時代も凄かった?

堀江翔太 高校

進学した大阪府立の島本高校では、4年間ラグビー部に所属していた堀江選手。

島本高校は、以下のラグビー選手がOBです↓

・豊田典俊氏(日本代表経験者)
・廣瀬佳司氏(1995年、99年、2003年ワールドカップ日本代表)
・前田達也氏(1991年ワールドカップ日本代表)
・仲谷聖史氏(日本代表経験者)

オフロードパス(タックルされながら行うパス)や

突破力の高いプレーなど、堀江選手の実力は同世代の中も群をぬいていたそう。

卒業後は、日本で1番ラグビーが強い大学だと言われている帝京大学に進学。

帝京大のOBは、姫野選手や流大選手などが活躍していますね。

帝京大ラグビー部では、FL(フランカー)※ナンバーエイト※のポジションで活躍し

4年生の時に主将をつとめた堀江選手は、

全国大学ラグビーフットボール選手権大会(大学選手権)でベスト4を経験していました。

卒業後は、HO(フッカー)※に転身され

2008年からジャパンラグビートップリーグに参加する三洋電機(パナソニック)ワイルドナイツに所属しています。

※フランカーとは・・・スクラム3列目の左右に位置し
地上で展開される攻撃のあらゆる局面で味方をサポートするポジション。

※ナンバーエイトとは・・・攻めの起点として、スクラムからサイドアタックをしかけるほか、
相手ナンバーエイトのアタックを止める役割なども。
攻防にわたって、チームの精神的支柱になる。

※フッカーとは・・・スクラムの最前列中央でスクラムハーフから投げ入れられるボールを足で蹴って
味方のナンバーエイトまで届ける(フッキング)役割。パワーと器用さが求められるポジション。

鋭いステップワークを駆使した突破力が魅力で、

2010年には、トップリーグの年間・最優秀選手(MVP)に選ばれ

2011年にはワールドカップの日本代表としてプレーしていた堀江選手。

2013年には、世界最高峰のプロラグビーリーグである「スーパーラグビー」に参加する
「レベルズ」(オーストラリアのチーム)に加入。

パナソニックワイルドナイツの主将をつとめた2014年は、

日本のトップリーグと日本選手権で優勝を経験していました。

2015年もワールドカップ日本代表に選ばれ

2016年には、世界最高峰のプロラグビーリーグである「スーパーラグビー」に
参加したての日本チーム「サンウルブズ」の

初代キャプテンに就任された堀江選手ですが、

2017年にはワイルドナイツの「田中史朗」選手とともに

COMプレミアムチャンネルで放送された池波正太郎・時代劇スペシャル「雨の首ふり坂」に

エキストラとして出演していたようです。

ケガの状態は?

2015年には、頚椎椎間板ヘルニアの手術を受けていた堀江選手

ワールドカップの半年前に手術を決断されたようで、

当時は、スーパーラグビーへの出場は諦めていたそう。

2018年9月には、疲労骨折した右足甲の手術を受けており

2019年の3月末に復帰を果たしていました。

8月にも、網走での合宿中に首を痛めていた堀江選手ですが、

頚椎椎間板ヘルニアのときにもお世話になった
治療院で治してもらっていたみたいですね。

まとめ

堀江選手にとって3度目の挑戦となる今回(2019年)のワールドカップですが、

本人は、「年齢的にもラストチャンスだ」と考えているそう。

最後の挑戦になるかもしれない今回はベテラン勢として、チームに良い影響を与えつつ

納得のいくプレーを目指していただきたいですね!

というわけで今回はラグビー日本代表
「堀江翔太」選手の学生時代や
奥さんについてまとめてみました!

また追加の情報があればアップしていきたいと思います!!

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