ラグビーワールドカップを戦う日本代表の不動の司令塔である田村優選手。

日本が優勝した今年(2019年)のPNC(パシフィック・ネーションズカップ)では、

ハイパント、ゴロパント、タッチキックといった

プレー中の3種類のキックを見事に繰り出し
得点につなげる場面が印象的でしたね。

地面のボールを蹴るプレースキックの安定感も増していたようです。

好調時は世界トップ3に入るSO※(スタンドオフ)などと評されている田村選手。

今回のワールドカップでは、海外選手を含む得点数ランキングで
ダントツの1位となる48得点をあげていました。

スタンドオフとは※・・・FH(フライハーフ)とも呼ばれる司令塔のポジション。
高度なパスやキック、ランの技術が必要とされる。

今回は、そんな「田村優」選手のプロフィールや経歴などをまとめてみました!

スコットランド戦で起きた乱闘騒動についても調べてみました!

スコットランド戦での田村選手の乱闘騒動とは!?

2019年10月13日に行われたW杯プール戦第4試合
日本VSスコットランドの後半67分に

乱闘寸前の小競り合いが起きていたようです。

なんでも、日本が7点リードしている場面で、スコットランドのFL(フランカー)であるジェイミー・リッチー選手が

田村選手をプレーと関係ないところで突き飛ばすなどしたそう。

焦っていたのかラフプレーが多かったジェイミー選手ですが

先に仕掛けた?と思われる田村選手は、頭にきていたみたいですね。

二人の小競り合いには、

姫野選手や、リーチ選手、トンプソンルーク選手が仲裁に入っていたそう。

田村選手とジェイミー選手は、試合後にツイッター上で仲直りしたようです。

田村選手の医者の噂も

医者というキーワードと一緒に
検索されることが多い田村選手ですが、

これは、日本代表WTB(ウイング)の福岡選手と間違えられたのだと思います。

代表引退後は医者を目指す福岡選手↓

二人とも、頭が良く注目されやすい選手ですし

顔もどことなく似ていますからね。

田村選手は高校時代フルバックで天才だった?

名前:田村 優(たむら ゆう)
生年月日:1989年1月9日(2019年10月時点で30歳)
身長:181cm(92kg)
出身:愛知県
所属:キャノンイーグルス(ジャパンラグビートップリーグ参加チーム)
ポジション:SO(スタンドオフ)・CTB(センター)・FB(フルバック)
代表キャップ数:62(2019年8月時点)
得点数:220(トライ数5)

リーチマイケル選手が天才と評する田村選手ですが、

2015年のワールドカップ(イングランド大会)でも、
日本代表の3勝に大きく貢献していました。

今回のワールドカップでは、

瞬時に最良のプレーを選択できる視野力や戦術眼を駆使した司令塔としての活躍が
期待されていたようです。

今でこそ、日本代表の絶対的司令塔などと
呼ばれている田村選手ですが、

中学時代はサッカー選手でした。

進学先の國學院栃木高校でラグビーをスタートした田村選手は

トヨタ自動車ヴェルブリッツ(日本のトップリーグ参加チーム)で活躍した父親譲りの才能を発揮し
2年時から花園(ラグビーの甲子園)に出場。

当時は、フルバックのポジションをつとめており、エース級だったそう。

指示を出しながら自らも敵の攻撃を止め、キックなどで攻撃にも参加するフルバックは
五郎丸選手などが有名ですね。↓

練習の虫だと言われている田村選手。(努力の天才でもありそうです。)

ちなみに、トップリーグに参加する「NECグリーンロケッツ」で
プレーしていた時代には、

日本代表SH(スクラムハーフ)の茂野選手とコンビを組んでいたそう。

フォワードとバックスのつなぎ役であるスクラムハーフ(背番号9番)は
スタンドオフ(背番号10番)と
合わせて「ハーフバックス」と呼ばれる。

10月20日のワールドカップ準々決勝・南アフリカ戦は、

田村選手と、ハンドレ・ポラード選手のスタンドオフ対決が見どころの1つ、

だと言われています。

得意のキックなどでトライへの道筋を切り拓く田村選手のプレーに
注目したいですね!

というわけで今回は、ラグビー日本代表の
「田村優」選手についてまとめてみました!

また追加の情報があれば
アップしていきたいと思います!

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